Wilderness Facilitationについて

 

Wilderness Facilitation?


Wildernessウィルダネス)とは、

英語で「原生自然」のことです。普段私たちが「自然(nature)」という言葉を使うときには畑や田んぼ等里山の自然、時には都会の街路樹等も含みますが、ウィルダネスはもう少し狭い意味で、「人間の手が加わっていない原生の自然」を意味しています。里山の自然も都会にたたずむ小さな自然も好きですが、原生の奥深い自然が持つ力は特別で、人間が本来持っている力を目覚めさせてくれる環境だと考えています。

Facilitationファシリテーション)とは、

今や日本語になりつつありますが、「促進する、容易にする、援助する」といった意味で使われる言葉です。「教育:教え(teach)育てる」と対比して、「共育:共に育む」と捉えるとわかりやすいかもしれません。「教える」は、「教える側から教わる側に向かって一方通行で、既存の知識や技術、考え方等を学習者にインプットする」という意味で捉えることができます。一方、「ファシリテーション」は、「双方向の関わり合いを通じて、未だ見ぬ価値を共に創造する」という意味だと言えます。

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What we do


Wilderness Facilitationは、

ウィルダネス環境における挑戦と対話を通じて、自己の可能性を育む機会を提供します。

互いの成長を共に育むことができる機会と環境を提供し、人間らしい教育の在り方を体現・提案します。

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Philosophy


"わたし" のための自己教育の機会であること

社会のため、国のため、組織のため、経済成長のため…誰かの要請に応える人材育成でもなければ、不特定多数の人たちに向けた画一的・平均的な教育でもありません。他でもない"あなた"が自分のために自分を育てる、WFはそんな自己教育の場を提供します。[コラムを読む]

内なる自己に出会う機会であること

「変化の激しい、先行き不透明な、厳しい時代」「未来の創り手たれ」「こんな力を身につけましょう」社会からの要請が響く中、内なる声に耳を傾ける余白がどれだけあるのでしょうか?「わたしが真に望むのはどんな生き方か?」そう問うことがどれだけ許されているのでしょうか?「個性」を育てる重要性が叫ばれる昨今にあって、真の自分らしさに出会う機会がどれ程あるのでしょうか?変化の激しい先行き不透明な時代なればこそ、自分らしい地に足ついた歩みを支えてくれるのは、外側の声よりも内側の声である、そう信じてWFは自己に出会う機会を提供します。[コラムを読む]

普及を求めないこと

賛同や応援を得られることはとても心強くうれしいですが、わたしはWFの教育が普及することを求めません。事業活動の社会的な意義を問うときには、「広く遍くどれだけインパクトが波及したか」ということに意識が向きがちです。しかしWFは「何人が事業に参加したか」「どれだけの向上が見られたか」そんな数値よりも、訪れてくれる1人ひとりの特異な物語を大切にする姿勢を貫きます。WFにとっては訪れてくれた”あなた”が実存的な社会だと考えているからです。[コラムを読む]

自らに問うこと

「厳しい時代が訪れる」「社会に出るって大変だぞ、だからこんな力をつけておかなければいけないんだ」そう語るわたしは、彼らにとってどういう存在なのでしょうか。むしろ「社会に出て自分で道を切り拓いていく、これって最高に楽しいことだよ」そんな背中を見せられる存在でありたい。彼らに成長を求めるよりも、彼らが育つ環境を築けているのかを自らに問います。WFは、彼らに変化を促す教育ではなく、共に育っていく共育の場であり続けます。[コラムを読む]

多様性の一片としてあること

よりよい教育を探求する姿勢は大切ですが、教育を受ける人が様々なら、何がその人にとって役立つかもまた様々。教育の多様さは社会の健全性を表しているのだ考えます。多様性の一片としてWFらしい教育を提案し、社会との化学反応によって第3の教育を求め続けます。[コラムを読む]

自然に学ぶこと

自然とは何か?WFはこう考えます。人間を既定する唯一の枠組みであると。
普段わたしたちは、様々な枠組みの中で生きています。役割、常識、働き方、幸せのカタチ、あるべき社会人像、イデオロギー…等。時にそれらは絶対的なものであるかのごとく振る舞い、わたしたちに様々な要請をしてきます。一方で自然は、それらから自由になること、わたしがわたしであること、創造的になることを奨励し、わたしたちに力を与えてくれます。WFは、コントロールを手放し、自然がもつアプリシエイティブな教育力に学びます。
[コラムを読む]

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Our vision


Wilderness Facilitationは、

わたしたちが人間が、時代の慣性の中に自らの足でしっかりと立ち、

わたしたち一人ひとりが人間らしく生きられる人間尊重の社会

わたしたちの未来を、わたしたちの意思によって、主体的に選択できる時代を目指します。

経済成長という信仰の陰で、商業主義の潮流に押し流され、私たちは立ち止まれなくなっていないでしょうか。

戦後の経済成長によって、私たちはある種の豊かさを獲得してきました。しかしバブル崩壊後は、いじめ、過労死、孤独の末の犯罪、精神的ストレスによる自殺等のニュースがメディアを賑わせるようになりました。時代のうねりが人間の心の在りように影を落としているのではないか、そう思えてなりません。

そして今、資本主義は限界を迎え、戦争によってしか経済成長は望めないとまで言われるようになりました。

仮にそうだとしたら、私たちは経済成長を手放すことができるでしょうか。

テクノロジーでは、バイオとITの発展は目覚ましく、規制が追いつかない程です。20世紀末には既にクローン羊が誕生し、2045年には人工知能が人類を超えると言われています。医療やエネルギー等テクノロジーが私たちにもたらす恩恵は多大でしょう。しかし、その利用方法を巡っては私たちの倫理観が問われることになります。

世界の大きな力動の中で、私たちは重要な判断ができるでしょうか。

私たちの生き方、価値観、社会の在りようを問い直す時がきているのだと思います。

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Profile


河合宗寛(かわいむねひろ) ウィルダネス・ファシリテーション代表

2005年、横浜国立大学教育人間科学部学校教育課程卒業。

(公財)日本アウトワード・バウンド協会で冒険教育インストラクターとして勤務。

2006年、2年間JICA青年海外協力隊としてタンザニアの大学教員として体育教育の振興に従事。体育教育の普及、指導者養成、関係機関の協力体制構築に貢献。

2008年、(公財)日本アウトワード・バウンド協会にて、青少年教育事業及び指導者養成の企画開発、企業研修研修指導業務を担当。新入社員研修、管理職研修、次世代リーダー研修、チームビルディング研修、教員免許状更新講習等。また組織の安全担当としてヒューマンファクターに基づく安全な仕組み作りを行った。

2015年、自由主義経済やグローバル化、IT化といった時代の潮流に押し流され、立ち止まれなくなっていく世の中を危惧して「人間尊重の社会、人間主体の時代」を実現すべくウィルダネス・ファシリテーションを設立。

しなやかで持続性のある組織を目指したコンサルテーション、人間関係トレーニング、人材開発研修、チームビルディング研修、青少年教育指導者の養成、青少年教育事業、児童養護施設の自立支援事業、ファシリテーションの普及等を行う。

同年、ファシリテーション・ラボ信州を主催。ファシリテーションを学ぶ拠点がない長野にてファシリテーション講座を開催し、拠点作り、ネットワーク作りを行う。

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Episode1

わたしの原体験

私が中学2年生の時でした。当時の私は、自分に自信が持てませんでした。学校では目立ちたいけど特別なとりえがあるわけでもなく、自分の中で決めた「学校でイケてる人ランキング」は中の中。大きく見られたい、どうやって自分を大きく見せようか、と日々考えていたように思います。

そんな中学2年の冬休み、伯父に連れられてヨットの旅に出ました。未知のことをやってみるというのは不安でヨットに乗ることをかなり渋ったと記憶しています。しかも初日から海は大荒れで雨、風、波に襲われ、ヨットが転覆するのではないかとドキドキしました。そんな状況にもかかわらず伯父は冗談を飛ばして笑っていました。何時間かの航海の後、天気は回復し、私たちは港に到着しました。ヨットの上で火を熾してご飯を食べ、ヨットの中で寝ました。港に無事辿りついた頃から、私の気持ちも変化して、旅全体がとてもエキサイティングで楽しいものへと変わっていきました。その後は、一つ一つの体験が新鮮でワイルドで、それまでの私がまるで知らなかった遠い世界の出来事のようでした。4日間を海の上で過ごした後、いつもの生活へと帰ってきました。冬休みがあけて学校生活に戻る と、なんだか周りが小さく見えたことが印象的でした。自分が勝手に作り出していた「イケてるランキング」も変化しました。というよりはそれが幻想であることに気付いたのかもしれません。

この旅で学んだことを1つ言葉にするのならば、「真のかっこよさって、内面からにじみ出るものなんだ」ということです。伯父と過ごして私が肌で感じたことです。それまでの私は、自分を大きく見せかけることばかりに気を遣っていました。それがこの旅以来、「真にかっこいい男になりたい」と思って、自分を大きく見せることよりも、自分の中身を磨くことにエネルギーを注ぐようになりました。すると不思議なことに、未知のことに対して不安ではなくワクワクした気持ちが湧いてくるようになりました。様々なことに挑戦してみようと思えるようになりました。そして何かやってみるとそこから得られることがあって、その都度成長できる自分を感じました。まるで私の人生が狭い世界を飛び出して成長のスパイラルに乗ったようでした。

ほんの少し勇気を出して自分を閉じ込めている世界から踏み出してみることで、人は成長できるように思います。それは子どもでも大人でもいくつになっても同じだと思います。自分のこれまでを振り返ってみて改めてそう感じます。訪れてくれる人が成長できる場を作っていきたいと思っています。

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