事業理念

ここでは教育を、「社会や組織のために人々をどうにかすること」ではなく、「人々が自ら育つ(その結果として現れるのが社会)ことができる機会と環境を整えることである」と捉えて、当事業の理念を、次の通り記します。

ミッション

ウィルダネス・ファシリテーションは、

  • ウィルダネス環境における挑戦と対話を通じて、自己の可能性を育む体験を提供します。
  • 互いの成長を “共に育む”ことができる機会と環境を提供し、人間らしい教育の在り方を体現・提案します。

大切にしていること

  1. 特定の価値や考えを強いるのではなく、人と人の相互の関わり合いによって新たな価値を創造すること。
  2. 目の前で起きているドラマに寄り添い向かい合うこと。
  3. コンフォートゾーンから踏み出しチャレンジすること。
  4. 組織や社会のための教育ではなく、その人のための教(共)育であること。

背景にある考え・問題意識

教育には次の2つの側面があると考えています。

  • 教育を受ける側が人間社会に適合して生きられるように社会のしくみやルールを学ぶ場という側面
  • 正解のない未来を創造すべく人間が自らの可能性を開拓する場という側面

ここでは後者について考えてみたいと思います。このとき前提となるのが、教育を提供する側も受ける側も人間であり、不完全で未知で可能性と多様性に満ち溢れた存在であるということ。正しいやり方もどこに向かうべきなのかも誰も正解を知らないはずです。にもかかわらず「組織や社会はこうなるべきだ、だからこんな人材が必要だ」と言って、特定の価値観や考え方を注入するという教育が往々にして行われているように思います。

人間が学び成長する過程は、パソコンにソフトをインストールしてユーザーにとって使い安いようにカスタマイズしていく過程とは全く異なるはずです。ひょっとすると知らず知らずの内にそうなってしまうのもまた人間の不完全さゆえかもしれません。

誰も正解を知らないのだから、「教え育てる」ではなく「共に育む」価値創造型の教(共)育が人間一人一人にとっても社会にとっても重要だと思っています。私は、多様性の一片として私なりの教育観を提案し、社会との化学反応によって新しい価値を創造していきたいと思っています。

ウィルダネス・ファシリテーションとは

ウィルダネス(wilderness)とは、

英語で「原生自然」のことです。普段私たちが「自然(nature)」という言葉を使うときには畑や田んぼ等里山の自然、時には都会の街路樹等も含みますが、ウィルダネスはもう少し狭い意味で、「人間の手が加わっていない原生の自然」を意味しています。里山の自然も都会にたたずむ小さな自然も好きですが、原生の奥深い自然が持つ力は特別で、人間が本来持っている力を目覚めさせてくれる環境だと思います。

ファシリテーション(facilitation)とは、

今や日本語になりつつありますが、「促進する、容易にする、援助する」といった意味で使われる言葉です。「教える(teach)」と対比して、「教育」と「共育」の違いとして捉えるとわかりやすいかもしれません。「教える」は、「教える側から教わる側に向かって一方通行で、既存の知識や技術、考え方等を学習者にインプットする」という意味で捉えることができます。一方、「ファシリテーション」は、「双方向の関わり合いを通じて、未だ見ぬ価値を共に創造する、あるいは主体が創造することをサポートをする」という意味だと言えます。

ウィルダネス・ファシリテーションは、原生の奥深い自然における、挑戦と対話を通じて、人が自らの可能性を育む機会と環境を提供します。そしていつかふりかえったときに、その経験が自分の支えとなっていることを願っています。